関西視察②舞鶴
前回までのあらすじ↓
第一夜は西舞鶴で過ごすことにした。
茶又旅館にて
列車の都合上、この日の宿泊は東舞鶴か西舞鶴の二択。本当は若狭湾のどこかの浜までバスで出て、民宿でゆっくりしたかったが、土日にひとりで訪ねたら迷惑かなーなどと思いつつ、結局は時間の都合で叶わなかった。もっと時間をかけて、車で来て楽しめたらよかったな、と思った。
ちなみにお財布が許さなかったが、ここの食事と宿泊はとても気になっていた。
まちなかの宿泊なら、真っ先に考えつくのがゲストハウス。しかし、どうにもピンとくるGHが見つからない。
そんなこんなでGoogleマップをズームして見ていたら、ふと一軒の旅館を見つけた。
茶又旅館。ブラウザで調べてみたところ、重文指定されている素泊まりの旅館なのだとか。これはスルーできないと思い、電話で予約。スムーズに予約が取れた。
— Mihi Rope (@mihirope) September 9, 2023
宿泊の翌朝、宿の皆さんの許諾を得て、内部をいろいろ写真に撮らせていただいた。
宿のおばあさんと、泊まった夜に少し話し込む時間があった。昔は行商人の営業でよく賑わっていたこと、それも大型資本に取って代わられ、今ではロードサイドにドラッグストアばかりになってしまったこと、近代的な東舞鶴のまちとの対照性、大きな雇用先が中舞鶴の自衛隊基地くらいになってしまい、優秀な若者はみんな都会に出て行ってしまったこと…………
それでも、情報の感度が高い旅人を中心に、宿泊客数が今ふたたび堅調なのだという。コロナ禍を経て、海の京都にも熱い眼差しが向けられているような気もする。PRには一切資金を投じていないとのことだったので、なおのこと長く続いてほしい旅館だ。
ちなみに、歯ブラシは備え付けがあるが、歯磨き粉がない。寝間着もあるし、部屋のコンセントの数も十分あった。
ただ、できたら布団は打ち直してほしいです。チェックアウトするときに言いそびれてしまった…………。
舞鶴のまちを歩く
本当は天橋立や伊根を観光しようと思っていたが、朝出遅れたことと、観光地なら別の機会にでも来るだろうと読んだこともあり、予定を変えて舞鶴のまちを歩いてみることにした。
なんだあれ。めっちゃ富士山やん。
調べてみたところ、あれは建部山といって、またの名を「丹後富士」とも呼んだらしい。
吉原入江を歩く
ちょっとしたベネチアみたいなところが、舞鶴のまちのはずれにある。城下町を整備するときに、漁師たちを伊佐津川の右岸に住まわせたのが、ここ吉原である。
足を運んだときはちょうど満ち潮のときだったらしく、橋のギリギリまで水があった。
今この吉原で、どれだけの方が水産業に従事しているかはわからないが、当時の土地割りや街並みをよく残しており、どの道を歩いても愉しい。
最後の一枚は、恐らく今でもここで水産業を続けている方の軒先だと思われる。
もちろん、建物も素敵なものがたくさん残っている。
最後の一枚は、こちらもやはり銭湯で、登録有形文化財に指定されている「日の出湯」だ。
中には、営みが抜けて朽ちてしまった建屋もある。
あと、建屋は除却したものの、海水が入り込んでいる区割りもある。
ちょっとした湿地帯みたいだ。葦みたいなのまで生えてしまっている。
さすがは漁師町、そこかしこに大きな神社がある。
だいぶ歩きごたえのあるまちだった。
観光地めいていないので、わかりにくいし多くの人を動かすものでもないが、こういったまちの資源こそ大切にして、認知が遍くなるといいなぁと思う。