
24時58分熱海発、品川行の東海道線という、イカれ終電に乗る機会があった。
- ことのはじまり:なぜ熱海駅で足止めを食っていたか
- 静かに過ぎた判断の分かれ目:新幹線という選択
- 絶望の宣告、一瞬の置き引き:運転再開時刻の繰り下げ
- 人はそれを「最終電車」とは呼ばない:熱海駅発車
- 異常列車の車窓から:神奈川県内
- 下車後に待っていた悲劇
- 結論
ことのはじまり:なぜ熱海駅で足止めを食っていたか
緑内障の点眼薬を切らしていることが発覚し、スケジュールにゆとりのあった一日で、慌てて地元の眼科を受診していた。その帰り道で伊東に立ち寄り、祖母と会い、本屋に行き、ご飯を食べて銭湯に身を沈めて、終電少し前で東京へ戻ろうと思っていた。
ご飯屋さんを出ると、外は結構な雷雨だった。雨予報なんて聞いていなかったので、折りたたみ傘でしのぎ、まあ湯に浸かっている間に止むだろう……と思っていた。
ところが銭湯を出てみると、普通に雷が一分間に8発くらい落ちている。夜空全体が、寿命間際の蛍光灯みたいな光り方をしていて、光るたびに山の稜線なのか雲の輪郭なのかわからない影が見えた。
最寄りの南伊東駅から伊豆急線に乗り、伊東駅でJR伊東線に乗り換える。ところが、伊東駅の入線直前に「伊東線が一時的に運転を見合わせている」という、不穏なアナウンスが入る。
え?と思いつつ、滑り込んだホームの反対側に停まっていた伊東線の電車に乗り換えるも、確かに待てど暮らせど電車は動かない。
7月25日20時47分 配信
— JR東日本【東海道方面】運行情報 (公式) (@JRE_F_Tokaido) July 25, 2026
伊東線:『運転見合わせ』
伊東線は、大雨の影響で、上下線で運転を見合わせています。 #伊東線 #Ito_Line https://t.co/LojididwyV
結局、伊東線は1時間後に運転を再開して、割と終電ギリギリの時刻に熱海駅まで移動できた。熱海駅に着いたのが、22時15分くらい。
7月25日21時46分 配信
— JR東日本【東海道方面】運行情報 (公式) (@JRE_F_Tokaido) July 25, 2026
伊東線:『運転再開』
伊東線は、大雨の影響で、上下線で運転を見合わせていましたが、21時42分頃に運転を再開し、一部列車に遅れがでています。 #伊東線 #Ito_Line https://t.co/LojididwyV
静かに過ぎた判断の分かれ目:新幹線という選択
まあ伊東線が動いているのだから、その先も大丈夫だろう……と高を括っていた私。熱海駅入線直前に「東海道線*1がまだ運転を見合わせている」というアナウンスを耳にしたが、あまり深く考えず、熱海駅で東海道線に乗り換えた。発車表示では20時台のままになっていた小金井行。
このとき、新幹線は一応動いており、在来線は上り下りともに完全にフリーズしていた。新幹線こだま号の上り最終が22時41分発、下り最終は23時32分*2。新幹線に乗ってもいいのか、と思ったときには22時38分、東京方面の新幹線を捕まえるには間に合わない。下りなら間に合ったかもしれないが、このときの私の頭には「静岡方面へ引き返す」という選択肢がなかったし、地元へ引き返してもどこかで泊まる準備を持っていなかった。
運転再開が23時半と知らされ、この時点で東海道線から先の終電に間に合わないことがほぼ確定。じたばたしても仕方がないので、とりあえず停車中の列車でおとなしく運転再開を待っていた。
7月25日22時33分 配信
— JR東日本【東海道方面】運行情報 (公式) (@JRE_F_Tokaido) July 25, 2026
東海道線:『運転再開見込』
東海道線は、大雨の影響で、小田原〜熱海駅間の上下線で運転を見合わせています。運転再開は23時30分頃を見込んでいます。時刻は状況により前後する場合があります。 #東海道線 #Tokaido_Line https://t.co/LojididwyV
絶望の宣告、一瞬の置き引き:運転再開時刻の繰り下げ
もはや列車内にも諦めムードが漂っている。恐らく21時くらいから電車が動いていないので、列車内は老若男女、日本人も外国人もいる。
東海道線の下りホームを見ると、こちらはそもそも列車が在線していないので、みんなベンチや地面に腰掛けている。一番端っこの伊東線だけが平常運転だ。
ふと列車内のLED情報表示盤に目をやると、「運転再開は1時頃」と書いてあるではないか。さっきアナウンスで、23時半までには運転再開ができなさそうとは聞いたが、25時っておい、それは聞いてない。せめてアナウンスのひとつは入れてほしいぞ。
7月25日23時26分 配信
— JR東日本【東海道方面】運行情報 (公式) (@JRE_F_Tokaido) July 25, 2026
東海道線:『運転再開見込』
東海道線は、大雨の影響で、小田原〜熱海駅間の上下線で運転を見合わせています。運転再開見込は1時00分頃に変更になりました。時刻は状況により前後する場合があります。 #東海道線 #Tokaido_Line https://t.co/LojididwyV
長期戦を覚悟し、一旦貴重品以外の手荷物は網棚の上へ押しやり、貴重品だけを持ち、ドア横の号車番号を念入りに確認してから列車を降りた。駅のトイレを使うついでに、飲み物を買いに行くためだった。
上りホームに戻ってくると、元いたはずの列車はもぬけの殻で、いつの間にか同じホームの反対側に入線していた列車に、乗客が全員移動しているではないか。慌てて自分が荷物を網棚に上げた号車に戻ったものの、手荷物の一切がきれいに無くなっている。やられた、一瞬の不意を突かれた、と思った。
あーやばい、やばいという気持ちのままホームに降り立つと、私が列車を降りるまで近くの座席に座っていた親子が私の姿を見つけて、声をかけてくれた。上りの乗客が全員誘導されて乗り換えていること、私の手荷物は駅員の手によって忘れ物として持っていかれていることを、私に教えてくれた。母親らしき人が指差す先をよーーーく凝視すると、ホームのはるか先を歩く駅員の姿と、その手に私の荷物っぽいものを持っているのを、捉えることができた。
我が息子を連れているにもかかわらず、周囲の状況を注視していたこの親子連れに、簡単にお礼を述べ、ガンダで駅員のもとへ駆けつけ、手荷物を取り戻す。確かに私の手荷物だった。リュックもボストンバッグも置いているのだから、忘れ物であるわけがないのは一目瞭然なのだが、そんなことを悠長に判断していられるほど、ゆとりがあるようにも思えない。
人はそれを「最終電車」とは呼ばない:熱海駅発車
この時間に熱海駅を発車する普通電車に乗る、異常な帰路が始まりました pic.twitter.com/yeAXPnZxUm
— Mihi Rope (@mihirope) July 25, 2026
24時58分、改めて乗り込んだ普通列車の品川行は、熱海駅のホームを、ゆっくりと滑り出していった。
自動アナウンスのあと、「大変長らくお待たせをいたしました」と、車掌のアナウンスが続く。「この列車は熱海駅を3時間57分遅れて発車しております、東海道線上り方面の最終電車でございます」……
…………3時間57分遅れ!もう所定時間なんかあってないようなもの、そもそも「最終電車」という概念には程遠く、どちらかというと「救済電車」だろう。あるいは「明かりの消えない夜行列車」だろうか。
先ほど駅のホームをガンダしたこともあり、私が乗り込んでいるのは15両編成の14号車。東京側の2両目で、ソロのおじさん、若いカップル、家族連れ、訪日客等々、混んではいないものの、決してまばらとは言えない数の旅客を乗せている。
不通区間を最初に走る列車だったこともあり、小田原まで50分程度を要するノロノロ速度で、列車は夜の相模湾沿いを走っていく。
ちなみにこのときの私はほかにも不運を被っており、普段は持ち歩いているはずのモバイルバッテリーをなくし、スマホのバッテリーも残量が数%だった。地元滞在は一日限りを予定していたので、作業時間が取れるはずもないと思って、割り切ってノートPCも書類も東京の自宅に置いてきてしまっていた。持ち合わせていたのは、たまたま先ほどの書店で買っていた本が1冊と、そのときに偶然いただいたZINEがこれも1冊。
日頃、移動時間は耳をradikoのタイムフリーに、目を駅メモに向けているのだが、これらはなにもできない。せっかく夜行列車になったのだから、オードリーのオールナイトニッポンをリアタイしたかったが、それも叶わない。代償に贅沢な読書時間を得たと思い、300ページあるその本を読むことにした。中央線沿線に住むサブカル女子がTinderにしたためた半年ちょいの日記をバインドしたとは思えない密度ではあったが、結局この列車を降りるまでにその3分の2を読んでしまった。
異常列車の車窓から:神奈川県内
列車は最初の停車駅、湯河原駅のホームに滑り込んで………………え!!お客さん結構いるぞ???
しかも熱海駅で停車中の列車に着座できていた我々とは違い、湯河原駅のお客さんはこの数時間、ほとんど立ちっぱなしだったらしい。大変だ。
湯河原駅でもまあまあの旅客を乗せた列車。ふと右側の車窓が明るくなる。対向列車だ。熱海駅でJR東日本アプリを確認したときは、小田原駅を先頭に普通列車が藤沢くらいまで大渋滞していた。そのうちの何本かは、熱海駅まで走るらしい。お互いにノロノロ運転なので行き違いにもそれなりの時間がかかり、その車内をざっと見ることができた。上り列車に比べるともうちょい空いてはいるけれど、確かに乗客の姿が見える。ゲリラ豪雨のせいで、とんでもない人数の夜と翌朝が台無しになったのだな、と思った。
真鶴駅に滑り込む…………あれ、湯河原より乗客が多いのでは??という人数をさらに積み込んで発車する。ちょうど貴船まつりの日だったらしい。
根府川駅でも多少の旅客を乗せ、早川駅にも停車し、小田原へ向かう。右手を見ると、普段は一瞬見える程度の、有料道路の高架の街灯と、緑色の看板が、煌々と見える。緑色の看板には、懐かしい公団ゴシックで「西湘バイパス」「真鶴道路」と書いてあった。はじめてちゃんと読めたと思う。
駅メモをプレイしていなかった分、車窓風景は結構見ていたほうだったはずだが、特徴的な車窓風景は、小田原手前のこの風景と、戸塚周辺の折り重なるように屹立するマンション群くらいだった。マンションは共用部分が灯されているのでそれでもわかりやすいが、工場は臨港部とは違い夜は真っ暗なので存在感がない。
がらんどうの小田原駅に到着。小田急線へ乗り換えるお客さんも多かっただろうが、小田急線も既に最終電車は見送った後である。
おさるのかごやのメロディーに送られ、小田原駅を後にする。不通区間は小田原駅までだったので、ここから先はいつも通りの速度だ。夜を駆け抜ける感があるかと思ったが、案外外は暗く、ただただちょっとだけ明るい住宅街の夜を走る電車であった。
鴨宮駅の停車中、珍しく下りホームに通過電車の警告が出ており、もしやと思い下りホームのほうを見ていると、サンライズ瀬戸・出雲のデカい車体が爆走していった。時刻は26時前。所定なら24時に静岡駅なので、ざっとこちらも3時間半は遅れていることになる。出勤ラッシュ時間帯の大阪駅に突っ込んだりしたのだろうか。
二宮駅停車中に、下り国府津行最終と思しき列車とすれ違い。根府川~早川間で下り列車と2本すれ違っており、お客さんも1本目と同じくらいいた。
一方でこちらの上り列車は、途中で降りるお客さんの数はそう多くなく、途中でソロおじを茅ヶ崎で見送った以外は、ほとんどの旅客が品川まで送られたと思われる。
小田原駅を出てからは非常に快調で、平塚、茅ケ崎、辻堂と過ぎ、気がついたらもう藤沢駅だった。このあたりの駅の発車メロディーは一生変えないでおいてほしい。
普段は人と列車でごった返している大船駅も横浜駅もがらんどうで、横浜駅に至っては京急線のホームまで見渡せるくらい誰もいなかった。
下車後に待っていた悲劇
川崎駅で列車を降りる。こんな時間に列車を降りるのはなかなかに異常だ。左右をみると、結構な数のお客さんが降りていた。南武線に乗り換える人も多いと思うが、当然ながら終電は終わっている。それどころか、発車表示にはもう翌朝の列車が掲出されている始末だ。
私の乗り換える先の電車もない。タクシーチケットを奪取するべく有人改札へ向かう。「乗り換え先の電車に乗り換えられない」旨を告げると、「Suicaでご乗車ですか」「定期券はお持ちですか」と問われた。嫌な予感がした。これは振替乗車と全く同様の取り扱いである。最終電車が大幅に遅れると、標準的な振替乗車とは異なり、目的地までたどりつけない必然性の高さと、極めて避けがたい状況の特殊さもあって、普通にSuicaで乗車してもタクシー救済があると思っていたが、結論は「切符で乗車していなければ、タクシー救済の適用外」とのこと。悲しいかな、私はSuicaで乗車していた。
なお、私が乗車した南伊東駅は、19時以降は無人駅となり、乗車駅証明書を取って乗車する必要がある。「切符で乗車する必要がある」というのはつまり、乗車する前から「この区間で乗車しますと契約を結んでいる」ことが前提であること、Suicaはあくまでプリペイドカードであり、そういった契約的な意味がないことを意味しているのと同値で、乗車駅証明書は切符が購入できなかった妥当性を補うものだと思うが、当然このままでは降りることができないので、どこかの有人駅で精算してもらう必要がある。ちょっと考えればすぐわかることだが、ICカードのタッチと乗車駅証明書のピックは、形式的にはなにも変わらない。この運用で誰が嬉しいんだ???という気持ちになったが、ゴネる体力も残っておらず、あぁそうですかとだけ言って有人改札を出た。当然、行く当てもない。
有人改札の目の前にはベンチがあり、私と同様にタクシー救済が得られなかった人が、何人かここで睡眠を摂っていた。賢いと思いつつ、私はどこでも寝られる身体をしていないので、まずはモバイルバッテリーを新たにコンビニで購入し、始発電車までやり過ごせる場所を探した。
自腹タクシーは、金額がものすごく高くつくこともあり、散々迷ってやめた。
途中で謎タイミング飯を食らい、始発電車で自宅へ帰ってきた。鉄道事業者も大変なのだから……とはよく聞く言説だが、いくらなんでも人間らしからぬ対応だったと思う。同じように路頭に迷った人は少なくないのではないか。
結論
比較的長距離の移動を夜にする際は、Suicaなどは使わず、かならず切符を買おう。Suicaでの乗車だと、代行輸送依頼書が発行されなくなる。














































































