前略、海の上より

東工大院生の、ふとした日常を自分なりに。

夕焼けと、今ここにいる私の話

このブログを立ち上げたのは、休学中に経験した出来事や旅行の記録を、自分の言葉と写真でまとめようと思ったからなのだが、コロナ禍で休学中の計画は全て狂った。旅に行ける情勢ではないし、予定していたボラバイトも無期限の採用見合わせになってしまった。

 

コンテンツは無いが、久々に文章を書いてみようと思う。

 

休学中という事実と外に出づらい状況は、私に予期せぬ事態をもたらした。
COVID-19が流行する前は、地元で同級生達に会って事情を話したり、

あるいは東京に出てきて色んな人に会ったり、

そんな感じの生活の生活を送っていた。

しかし、緊急事態宣言が出されてから、先述の通りあらゆる計画が頓挫した私は、ここ二ヶ月の間、家族とお医者さん以外にまともに対面で話した人がほとんどいない。
「社会との接点がない」とはこういうことなのかと痛感している。

 

人間とは、社会を構成する生命体である。
社会との接点がないと、それは「人間をやめた」に割と近い。

(因みに私は、休学期間に入る前に専攻の同期から「社会との接点を持ち続けること」を忠告されていた。彼には私の未来が見えていたのかもしれない)


ここからは私の性格上の話。社会との接点を失った私、自分の意識の向く先がそれまで「他者と自分が半々くらい」だったのが、「常に自分に意識向くマン」になってしまった。これはかなり辛い。ちょっとしたことで自分の黒歴史がフラッシュバックするようになったり、「自分がこれまでしてきたことは果たして正しかったのだろうか」と自問自答するようになったり。多分このエントリを書いたことも、時間が経てば後悔することになると思う。

結果どうなったか。自信がなくなり、数年かけて心の中から追放したはずの「卑屈さ」がカムバックした。

こいつをまた追放せねばならない。とはいえ、一回追い出しているはずなので、今度はそんなに時間はかからない…………と思いたい。

 

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話は変わって、これは最近撮った夕焼け。最近は夜の19時を過ぎた頃、晴れていればこんな風に西の空に夕焼けを拝むことができる。

関係ないが、私はいつも夕焼けを見ると「高級なお菓子みたいだな……」と思ってしまう。この夕焼けなんかは、薄紫色のゼリーの上にピンクの綿菓子が載っかっていて、食べたらどんな味がするんだろう、という具合に。

私は夕焼けを写真に収めるのが割と好きだ。

実はこのブログの背景も、夕焼けの写真だったりする。

好きなことに理由はないと言うが、夕焼けの写真を撮るのが好きなのにはちゃんとした理由がある。それは、「夕焼けは、見る場所も時間も違えば、絶対に同じものに巡り合えない一点モノだから」。

「人間は社会を構成する生命体」であると先述した。しかし同時に、「人間は時空間に生きる生命体」でもある。

私が見上げる夕焼けは、「今」「ここにいる」私にしか見えない夕焼けである。他の人は絶対に見ることのできない夕焼けを、私は仰ぎ見ている。

 

社会と隔絶された存在になっても、私には生きる価値があると思いたい。
同じ目を持っていても、見える景色が同じ人なんてひとりもいないから。

 

これは晴れた日の夕方、西の空に広がるその日その時限りの赤い景色と、それを仰ぎ見る私がいる、ただそれだけの話。

インフルエンサーにツイートを晒された話

「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉がありますね。
私は金メダルは要らないので、あれこれ駄弁をこねようと思います。

 

それはふとしたことから始まった

私のTwitterのタイムラインに流れてきたこのツイートが始まりでした。

恐らくこのインフルエンサーさんにとってみれば、ほんの冗談のつもりだったのでしょう。
しかし私からしてみれば、例のAO入試で合格してきた人たちのことや、精神障害を抱えている人たちのことを馬鹿にしているとしか思えなかったのです。私はどちらの目線でいっても当事者なのでなおのこと。

…………とツイートしました。そうしたら。

わお。私のツイートが、私に通知が来ないようスクリーンショットで、10万人弱のフォロワーに、罵詈雑言とともに晒されたのでした。

無論、私はコンプレックスなど特にありません。ありませんというか元々はあったのですが、学部生の頃に自己認知の歪みを自分で直して以降、現在に至るまでないです。

私が馬鹿にされたと感じたというよりも、周りに傷付いたであろう人がいっぱいいるはずで(実際にいました)、誰の目にも触れ得る形で恣意的に他人を傷つけるような表現の仕方がいけないだろう、と問いかけたに過ぎません。それが何ですか、「いいか。こっちに来るな」とは。

まあ、「勝手にやっておいて欲しい」「こっちに来るな」と言われたので、私は私の世界(このブログ)で、名誉毀損にならない自己満足の範囲内であれこれ言わせていただきます。

 

ひとつの表現に様々な批判が混ざっている

一部の大学は運営がビジネスと化しているかもしれませんが、それでも大半の大学は腐っても教育機関です。元ツイートにあるような話だけでAO入試に合格するはずもなく。なので、例えとしてもあまりに的外れである上に、ご本人様にそのような意図はないつもりなのかもしれませんが、誤解を招いた表現方法そのものに問題があります。

もし仮に、元ツイートに何かしら批判するような意図があったのだとしたら、

が一緒くたになっています。批判としてはピンボケすぎますね。

 

「引用リツイート」の意味と表現の自由について

「こっちに来るな」と言われましたが、私は特にそちらに行った覚えはございません。

引用リツイートTwitterでどんな意味を持つか、その捉え方は人それぞれです。巻き込まれたと捉える方もいれば、「あぁ、外野でなんかぼやいてるな」とだけ捉える方もいます。もしかしたら前者のほうが、引用リツイートした人からしてみれば「お前の話はしていない」のかもしれませんが。

それはさておき、「絡んでくるな」というのは、自分の意見に対する防衛を意味します。それは即ち、自分の表現に対する自由を守っているのと同じです。何となく言葉の意味が分かりましたね。

ここからひとつの事実が明解になります。私にも私の表現の自由があることです。
引用リツイートしたって、批判したって、私の自由です。
それに対して「絡んでくるな」と言われる筋合いは、特にありません。

 

主観的に「正しいこと」を判断して発信することの重要性

どうして「こっちに来るな」などという口の利き方ができるのかと思い、少々リサーチしたところ、このツイートが出てきました。このツイートが、一連の本質を突いていると思います。

少し話は横道に逸れますが、世に出る研究の始まりは、研究者の「興味があること」、ひいては「好きなこと」であり、「好きなことを研究すること」は、研究が進められるうえでの原動力にもなります。そうしてできた研究が、学会や機関誌という第三者機関の目を通されることによって、「正しいか、間違ってるか」に変わるのです。

このことを一般化すると、「主観的に「正しいこと」を判断し発信すること」は、とっても難しいけれど、とっても大事なことだと分かります。この過程で「建設的な議論」というのが発生し、徐々に主観的だったものが客観的に変わっていきます。

勿論ムダな争いを避けてエネルギー消費は最小限に抑えたいところですが、「ムダな争いを避ける」という姿勢が、実は「建設的な議論」の芽を摘んでいるのかもしれません。

 

自尊心の正体とは

私が「勝手に破滅させている」と言われた「自尊心」の正体は、「他者を無条件に承認し尊敬すること」です。元ツイートにあるような、他者を見下すことで自分を立てようという行為は、「自尊心」に見せかけた別のものだと私は思います。勝手に自尊心を破滅させているのは私ではないことは、容易にお分かりいただけますね。

 

但し、大切なことがもう一つあります。それは「他者に期待しすぎないこと」。今回の場合、私は特に誰かに期待をしているわけではないので該当しませんが、もしかしたらツイート主さんに「押し付けがましく」思われた節はあったのかもしれません。それを考慮しても、目に余るツイートだとは思いますが。

 

「触らぬ神に祟りなし」とは言いますが、言いたいことを我慢しなくてはならない世の中なら変わるべきだと思いますし、Twitterに神なんていないとも思います。つらつらと書き綴った自己満足、最後まで読んでいただけたならより満足です。

東工大AO入試体験談と今思うことの話

昨今、大学入試におけるAO入試について何かと取り沙汰されていますね。
恐らく、話の火の種は「一部野党が高校生との対話の中で、AO入試の導入の拡大を答えとして見出した」ことなのでしょう。

そんな中、とある方のツイートに反応した私のツイートから飛び火し、東工大AO入試についての話題になりました。

 …………偏見が過ぎませんかね。

というわけで、私のAO入試体験談とAO入試に対する私見を書き綴ろうと思います。
大したことは書きません。あーそうなんだー程度に読んでいただき、誤解を取り払っていただければ幸いです。

 

何故東工大AO入試を受けようと思ったのか

根本的な理由は至って単純です。

「親から何が何でも現役で国公立大学に進学しろと言われていたから」。

国公立大学志望の人なら、前期試験と後期試験に出願するのが普通です。
ところが何が何でも現役で国公立大学に受からなくてはいけなかった私は、AO入試・前期試験・中期試験・後期試験の合わせて4つに出願するという作戦で大学受験に臨みました。数撃ちゃ当たるだろうという安易すぎる発想ですが、意外と誰もやらない。

当時私が第一志望にしていた東工大の第6類は、定員約90名中15名がAO入試枠でした。
分かりやすく言うと、6人に1人はAO入試で入学しているということ。意外と多い。
この枠で受験しないのはもったいないのではないか、と思ったのが東工大AO入試に出願した理由の1つ目。

また、受験にあたり特別な勉強が不要だったというのが理由の2つ目。

そして、2次試験の日程が私大入試の前日で、私大入試のついでに受験できたというのが最後の理由です。当時静岡に住んでいた私は、わざわざ受験の度に上京しなくてはならなかったので、一度の上京で複数校受験できたのは結構大きかったです。

かくして東工大AO入試と前期試験で出願した私。
ラッキーなことにAO試験で合格をいただき、晴れて翌春から東工大生になりました。

 

東工大AO入試で入学した後の話

話のネタにはなりましたが、ムチで叩かれるようなことは一切ありませんでした(笑)。
また、自分自身それがコンプレックスになるようなことも全くありませんでした。

ただ、体感としてはAO入試で入ってきた人のほうが、理工系基礎科目(当時)よりも専門科目群のほうが成績はよかった気がします。あくまで私の体感でしかありませんが。

また、これも私の体感でしかありませんが、何の入試で入学したか、現役か一浪か多浪かといったカテゴライズを気にしない風潮が東工大にはあった気がします。

 

AO入試について今思うこと

一人ひとりの多様性が認められるようになりつつある現代において、その一人ひとりの個性を見出すことはとても重要であると、私自身は思っています。
しかし、それを果たして大学入試の世界に持ち込んでも良いものかと言われると、完全にYESと言い切ることはできないと思います。

その人が持っている能力を定性的に測ることと、その人が努力した量を定量的に測ることのふたつは、バランスを取って用いられるべきではないでしょうか。

それと、大学は腐っても教育機関です。入学者選抜で的外れなことをして、自分の首を絞めるのは大学自身であることも忘れてはならないと思います。

 

真面目にAO入試を受けた人間に罪はない

さて、ここまでAO入試について少し私見を述べましたが、最後に言いたいのは、

  • AO入試や指定校推薦など、入学方法でカテゴライズするのはナンセンス
  • 仮にAO入試に罪があっても、これまでにAO入試を受験した人に罪はない

そこでこのツイート。

近いうちにこれについてもエントリを書きます。
とりとめのない自己満足文、最後まで読んでいただけたらより満足です。

大学院の休学を決断した話

修士1年ってものすごく忙しい

世の大学院生の99%が頷いてくれると思います。
学部1年とは比にもならないです。

学部1年生がやらなくてはならないことと言えば、授業、サークル、バイトの主に3つ。
地方出身者はそれに加えて新生活も入りますね。

対して修士1年生がやらなくてはならないことは、授業、研究、プロジェクト(研究室による)、バイト、研究室運営(これも研究室によりけり)、そして就活。
一人暮らしなら家事も。

平気で授業の課題は出るのに、並行してインターンのESを書かなくてはならないのは避けようがないです。
卒業に必要な単位をほぼ取り終えてから取り組む学部生の就活とは訳が違うのです。

大学院進学のメリット・デメリットについては、また改めて筆を執ろうと思います。

 

それは12月10日のことでした

その前日、12月9日までに私が抱えていたタスクの個数は実に7つ。
プロジェクトが3件、研究室運営が2件、加えてコンペと就活がありました。

 

 

12月10日。朝起きれなくなりました。
金縛りとか体調不良とかそういうのではなく。
起き上がるのに兎角膨大なエネルギーというか、気力が必要になるのです。

そこから3週間弱、一人暮らしのアパートにほぼ引き籠もりました。
起き上がるのでさえも覚束ないので、外出なんてもっての外。出れても夜です。
荷造りして実家に帰静するなんてまず無理。

結局、実家から親に車を出してもらい、帰静。
そこからお正月が明け、東京に帰ろうにも、実家から出るのに2日かかりました。

 

何が起こったのか

2年ほど前から患っていた軽度のうつ病が、タスクの多さと冬という季節柄が相まって、悪化してしまったんですね。

結局、今は病院で薬を変えてもらい、何とか昼くらいには外出できるように。
ただ、若干昼夜逆転気味です。

昼夜逆転だけでなく、毎日の食事を用意する気力も起きないので、何も食べずに気付けば夜、なんてことも。

 

このまま就活と修論に突っ込んだらヤバい

そりゃそうだ。
そして私は思ったのです。

 

一刻も早く休学しよう……と。

 

かくして私はたまたま外に出れた日に、大学の教務課へ出向いたのでした。

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そこで休学願と一緒に、諸々の情報を得たわけなのですが……

 

大学院生は学期の途中で休学できない

何ということでしょう。

 

何故かと申しますと。
大学院生の必修単位に「講究」があります。
大学によって名前は違うかもしれませんが、要はゼミに出席していれば出る単位です。
この単位は学期途中で休学すると、取得することができないシステムなのです。

仮に2月から休学してしまうと、M1後期の講究の単位が取り直しになり、4月から休学する場合と比較して、最低でも1年卒業が伸びてしまいます。

 

ここで私は我に返ります。


すぐに休学することが最適解なのか……?

 

更にもう一つ壁にぶち当たります。

 

一年通しの休学は申請できなかった

これは休学の理由付けに必要な診断書を、病院で書いてもらうときに発覚しました。
うつ病の治療に一年も必要なのか?という判断がなされたのです。

いやいや、病気が病気だし、治療に一年くらい必要ではないのか???とは思いましたけど。

必要なら半年後もう一度休学願を出してくれ、とのことでした。

 

とりあえず半年休んでみよう

でも、意外と半年休学という選択肢は無しではないのかも?と思いました。
その理由は、復学したらまた投稿します。

 

第4Qに申告していた単位は全て取り消し。
当面はゼミも出れるときだけ出る方針。

有り難いことに私の先生は、私の現状に対して理解してくださった上で、私の研究に期待していただいているので、ゼミを変えるつもりはありません。

 

とりあえず9月まで、生活と意欲をある程度取り戻すのを目標に、実家と東京を往復しながら療養します。
その時間を確保するための半年休学です。
その様子もつらつらと書けていけたら。

 

あと、休学に対して、あまりネガティブには考えていません。
幸いなことに、ここまで留年も浪人もせず学年を重ねてきたこともあり、一年くらいビハインドがあってもいいやと考えているのと、このまま修了したら、行きたかった場所に行けず仕舞いだろうと思ったからです。

 

長くなりました。
押し付けがましいですが、同じように大学院生活で精神疾患に苦しむ人の何かの助けになることを願って。

 

あ、あと半年後になるか一年後になるか分かりませんが、ちゃんと研究と就活を進められるまでに復活します。必ず大学院に戻って、修了してみせますので。

 

p.s.
私が倒れたことでできなくなったタスクのうち、就活は中止、それ以外は研究室の同期やドクターの先輩が助けてくれました。本当にありがとうございました。

自己紹介と、今興味を持っていることの話

初めての投稿ですね。一番初めの投稿として、私の身の上を語ろうと思います。

  • 高校卒業から大学卒業まで
  • 今私が興味を持っていること
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