前略、海の上より

東工大院生の、ふとした日常を自分なりに。

インフルエンサーにツイートを晒された話

「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉がありますね。
私は金メダルは要らないので、あれこれ駄弁をこねようと思います。

 

それはふとしたことから始まった

私のTwitterのタイムラインに流れてきたこのツイートが始まりでした。

恐らくこのインフルエンサーさんにとってみれば、ほんの冗談のつもりだったのでしょう。
しかし私からしてみれば、例のAO入試で合格してきた人たちのことや、精神障害を抱えている人たちのことを馬鹿にしているとしか思えなかったのです。私はどちらの目線でいっても当事者なのでなおのこと。

…………とツイートしました。そうしたら。

わお。私のツイートが、私に通知が来ないようスクリーンショットで、10万人弱のフォロワーに、罵詈雑言とともに晒されたのでした。

無論、私はコンプレックスなど特にありません。ありませんというか元々はあったのですが、学部生の頃に自己認知の歪みを自分で直して以降、現在に至るまでないです。

私が馬鹿にされたと感じたというよりも、周りに傷付いたであろう人がいっぱいいるはずで(実際にいました)、誰の目にも触れ得る形で恣意的に他人を傷つけるような表現の仕方がいけないだろう、と問いかけたに過ぎません。それが何ですか、「いいか。こっちに来るな」とは。

まあ、「勝手にやっておいて欲しい」「こっちに来るな」と言われたので、私は私の世界(このブログ)で、名誉毀損にならない自己満足の範囲内であれこれ言わせていただきます。

 

ひとつの表現に様々な批判が混ざっている

一部の大学は運営がビジネスと化しているかもしれませんが、それでも大半の大学は腐っても教育機関です。元ツイートにあるような話だけでAO入試に合格するはずもなく。なので、例えとしてもあまりに的外れである上に、ご本人様にそのような意図はないつもりなのかもしれませんが、誤解を招いた表現方法そのものに問題があります。

もし仮に、元ツイートに何かしら批判するような意図があったのだとしたら、

が一緒くたになっています。批判としてはピンボケすぎますね。

 

「引用リツイート」の意味と表現の自由について

「こっちに来るな」と言われましたが、私は特にそちらに行った覚えはございません。

引用リツイートTwitterでどんな意味を持つか、その捉え方は人それぞれです。巻き込まれたと捉える方もいれば、「あぁ、外野でなんかぼやいてるな」とだけ捉える方もいます。もしかしたら前者のほうが、引用リツイートした人からしてみれば「お前の話はしていない」のかもしれませんが。

それはさておき、「絡んでくるな」というのは、自分の意見に対する防衛を意味します。それは即ち、自分の表現に対する自由を守っているのと同じです。何となく言葉の意味が分かりましたね。

ここからひとつの事実が明解になります。私にも私の表現の自由があることです。
引用リツイートしたって、批判したって、私の自由です。
それに対して「絡んでくるな」と言われる筋合いは、特にありません。

 

主観的に「正しいこと」を判断して発信することの重要性

どうして「こっちに来るな」などという口の利き方ができるのかと思い、少々リサーチしたところ、このツイートが出てきました。このツイートが、一連の本質を突いていると思います。

少し話は横道に逸れますが、世に出る研究の始まりは、研究者の「興味があること」、ひいては「好きなこと」であり、「好きなことを研究すること」は、研究が進められるうえでの原動力にもなります。そうしてできた研究が、学会や機関誌という第三者機関の目を通されることによって、「正しいか、間違ってるか」に変わるのです。

このことを一般化すると、「主観的に「正しいこと」を判断し発信すること」は、とっても難しいけれど、とっても大事なことだと分かります。この過程で「建設的な議論」というのが発生し、徐々に主観的だったものが客観的に変わっていきます。

勿論ムダな争いを避けてエネルギー消費は最小限に抑えたいところですが、「ムダな争いを避ける」という姿勢が、実は「建設的な議論」の芽を摘んでいるのかもしれません。

 

自尊心の正体とは

私が「勝手に破滅させている」と言われた「自尊心」の正体は、「他者を無条件に承認し尊敬すること」です。元ツイートにあるような、他者を見下すことで自分を立てようという行為は、「自尊心」に見せかけた別のものだと私は思います。勝手に自尊心を破滅させているのは私ではないことは、容易にお分かりいただけますね。

 

但し、大切なことがもう一つあります。それは「他者に期待しすぎないこと」。今回の場合、私は特に誰かに期待をしているわけではないので該当しませんが、もしかしたらツイート主さんに「押し付けがましく」思われた節はあったのかもしれません。それを考慮しても、目に余るツイートだとは思いますが。

 

「触らぬ神に祟りなし」とは言いますが、言いたいことを我慢しなくてはならない世の中なら変わるべきだと思いますし、Twitterに神なんていないとも思います。つらつらと書き綴った自己満足、最後まで読んでいただけたならより満足です。